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詐欺師 圭

ผู้เขียน: 橘 廉
last update วันที่เผยแพร่: 2026-04-09 18:08:21

 信じる者は『すくわれる』。

 そう、今、俺の目の前にいる男はすくわれるのだ。足元を。

「……なるほど。高橋様が、この次世代決済通貨『アポロン・コイン』に慎重になられるのは、至極当然のことです。賢明な投資家ほど、最初は疑うものですから」

 都内高級ホテルのラウンジ。重厚なベルベットの椅子に深く腰掛け、俺は完璧に調律された微笑みを向けた。今の俺の名は『サトウ』。ドバイを拠点に活動する、仮想通貨ファンドのシニアマネージャーだ。

 目の前の男――中小企業の社長である高橋は、脂汗を浮かべながらタブレットの上昇チャートを凝視している。この通貨は、近々大手取引所への上場が決まっている。今このプレセールで手に入れれば、資産は十倍、いや百倍になる……。そんな、ありふれた、けれど甘美な毒を、彼は必死に飲み込もうとしていた。

 あと一押しだ。俺は「サトウ」として、彼の情報を『整理』し始める。

 まず目につくのは、左手首の高級時計。一見すると成功者の証だが、よく見ると革ベルトの穴が一つ、千枚通しか何かで無理やり新しく開けられている。最近急激に痩せたのか、あるいは見栄のために中古で買ったサイズ違いか。どちらにせよ、彼の資金繰りが「崖っぷち」であることを示している。

 ネクタイの結び目を何度も触っては離す、その落ち着きのない指。呼吸を楽にしたいが、威厳を失いたくないという葛藤。見栄と恐怖の狭間で、彼は窒息しかけている。

「高橋様」

 俺は少し声を低くし、彼だけに聞こえるような、親密で、そして背徳的なトーンで切り出した。

「あなたは本来、非常に情に厚く、周囲の期待に応えようと尽力される方だ。ですが……時折、その優しさや責任感を、誰にも理解されていないのではないか、と感じることはありませんか?」

 高橋の動きが、ぴたりと止まった。

「……え、ええ。それは、まあ……経営者というのは孤独なものですから」

「一見、大胆な決断を下すリスクテーカーに見えますが、内面では誰よりも慎重に、愛する人たちの将来を案じている。だからこそ、今ここで立ち止まっている……違いますか?」

 これは詐欺というより、魂の調教に近い。相反する性格を同時に指摘することで、相手は「自分の深淵を暴かれた」と錯覚し、無防備に心を開く。

「……サトウさん、あなたには、私のことがわかるんですか」

「ええ。私も以前は同じ立場でしたから。……この一歩は、あなた自身のためではないはずだ。社員や、ご家族を守るための決断ではありませんか?」

 高橋の瞳が大きく揺れ、やがて潤んだ。彼はもう、数字なんて見ていなかった。俺という「理解者」が差し出す、偽りの救いを見つめていた。

「……お願いします。……信じますよ、サトウさん」

 彼は震える手で、数百万円の振り込み予約画面を操作した。その瞬間の快感さえ、俺にはもう砂を噛むような味しかしない。

 一仕事を終え、ホテルの洗面台で鏡に向き合う。

 そこに映っているのは、完璧な『サトウ』だ。慈愛に溢れた聖者のような顔。だが、センサー式の蛇口から出る氷のような水で顔を洗った後、一体何が残るというのだろう。

「……俺、本当はなんて名前だったっけ」

 灰原圭。それが俺の本当の名前であることを、脳の隅っこでようやく思い出す。

 だが、その名前に付随する記憶や感情は、長年重ねてきた嘘の下に埋もれて、もう手触りすら思い出せない。俺が語る言葉はすべて嘘で、俺が見せる笑顔はすべて計算だ。

 完璧に演じれば演じるほど、内側の『自分』が薄まっていく。どこにもいない空っぽの器になったような、底知れない虚無感が胸を支配していた。

「……潮時か」

 そんな独り言が口をついて出た。この生活に飽きたわけじゃない。ただ、これ以上自分を削り続けて、最後の一滴まで自分が消えてしまうのが、ほんの少しだけ怖くなったのだ。

 ホテルを出て、夜の街をあてもなく歩く。路地裏のコインロッカーに預けてあった、着古したパーカーに着替えた。これでようやく、俺はただの「通行人A」に戻れる。

 冷たい風が頬を打つ。ふと、街角の掲示板に、一際鮮烈なオレンジ色のチラシが貼ってあるのが目に入った。

『二代目店主・Yui、不可能への挑戦』 『父の命日に、奇跡のマジックショーを開催します』

 目を引く、少し気恥ずかしくなるような煽り文句。だが、そこに添えられたマジシャンの少女――Yuiの写真に、俺の足が止まった。

 燕尾服を着て、トランプを構えている。

 その表情は、俺が今日まで騙してきた連中や、俺自身が鏡で見せてきた「作られた完璧な顔」とは決定的に違っていた。

 隠しきれない不安と、それを上回るほどの、狂おしいまでに真っ直ぐな意志。そこには、俺がとっくに捨ててきた『真実』が、泥臭くこびりついているように見えた。

「不可能への挑戦、ね……」

 俺のような詐欺師がよく使う、安い言葉だ。だが、この写真の少女は違う。彼女は、自分自身の魂を削って、何もない空間に奇跡を刻もうとしている。その瞳の奥にある輝きに、俺は初めて「奪いたい」ではなく「触れたい」と思った。

 指先が、無意識に彼女の唇のあたりをなぞる。

 冷たい紙の感触。けれど、俺の指先にはなぜか、かすかな熱が伝わったような気がした。

 虚像の世界で生きてきた俺が、今、一番見てみたいのは、この少女が起こすという青臭い奇跡なのかもしれない。

「マジックバー『orange』……」

 その名が、渇いた喉を潤すように滑り落ちた。

 行き先は決まった。オレンジ色のネオンが待つ、あの寂れた路地裏。俺という偽物を、彼女の『奇跡』がどう暴くのか。

 灰原圭としての、最初の一歩。俺は夜の闇に紛れ、彼女の元へと歩き出した。

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